【正直レビュー】ジョンウィック コンセクエンスはひどい?全4作観た男の結論

シリーズ全作+スピンオフまで観た俺が出す結論 洋画
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2014年、1作目を劇場で観た日のことを今でも覚えている。愛犬を殺された男がただひたすら復讐する——あの衝撃に、椅子の肘掛けを握りしめた。101分が一瞬だった。

それから9年。2作目、3作目とリアルタイムで追いかけ、コンセクエンスも公開初週に劇場へ駆け込んだ。スピンオフの『ザ・コンチネンタル』まで全部観た。

全部観た今、改めて問う——『ジョンウィック:コンセクエンス』は本当に良かったのか?

169分のエンドロールが流れた劇場で、俺は動けなかった。「凄い映画を観た」のか「疲れただけ」なのか、自分でもわからなかった。あの日の感覚が、今もどこかに残っている。

「ジョンウィック コンセクエンス ひどい」で検索しているあなた。その気持ち、俺にはよくわかる。この記事では、シリーズ全作を観た人間が「ひどい」と感じる5つの構造的な理由と、それでも「全作観て良かった」と思える理由を、両方フェアに掘り下げていく。

結論——シリーズ全作観た俺が正直に言う

シリーズ比較で見えてくるコンセクエンスの「ひどい」5つの理由

1〜4作目を通しで観た人間だけが感じるモヤモヤ

1〜4作目を通しで観た人間だけが感じるモヤモヤ

1作目を観た時の衝撃を、俺は忘れていない。101分に復讐の美学が凝縮された、完璧なアクション映画だった。余計なものが一切ない。「やられたらやり返す」、ただそれだけの物語に心を鷲掴みにされた。

そして4作目を観終わった後の感覚。「凄い」と「疲れた」が同居する、なんとも言えないモヤモヤ。シリーズは確かに進化した。アクションの規模も技術も、1作目とは比較にならない。だが、進化と引き換えに失ったものがある。あの「101分の完璧さ」だ。

「ジョンウィック コンセクエンス ひどい」で検索する人の大半は、シリーズファンだ。1作目から追いかけてきたからこそ、4作目のモヤモヤが生まれる。初見で「ひどい」と思うんじゃなく、シリーズを愛してきた人間が「何かが違う」と感じている。

数字を見てみよう。Filmarksでは65,000件超のレビューで平均4.0点。映画.comでも高評価。MOVIE WALKERは4.2点。低評価層(2.1〜3.0点)は全体の約6%にすぎない。だが、この6%の人たちは自分の感覚がおかしいのかと不安になって、わざわざ検索している。

その不安に、シリーズ全作+スピンオフまで観た俺が答えを出す。

ジョニー
ジョニー

シリーズを全部観てきたからこそ言える。コンセクエンスは「ひどい映画」じゃない。ただ、1作目が完璧すぎたんだ。あの完璧さと比べてしまうから、モヤモヤが消えない。

シリーズ比較で見えてくるコンセクエンスの「ひどい」5つの理由

① 1作目の「切実さ」が4作目にはない——動機の劣化

1作目の「切実さ」が4作目にはない——動機の劣化

1作目の動機は、誰もが感情移入できるものだった。亡き妻からの最後の贈り物である子犬を殺された男が、復讐に立ち上がる。シンプルで、切実で、胸を刺す。あの動機に観客全員が「やれ」と心の中で叫んだはずだ。

4作目の動機は何か。「主席連合のルールから自由になる」——これだ。抽象的すぎて、感情が乗らない。誰のために、何のために戦っているのか。シリーズを重ねるごとに、「なぜジョンは戦っているのか」が薄くなっていく。これがコンセクエンス最大の構造的な弱点だ。

ハイド
ハイド

1作目は「犬を殺された復讐」って聞くだけで観たくなるけど、4作目の「組織のルールから自由に」って言われても……正直ピンとこないな。

ジョニー
ジョニー

その感覚は正しい。動機がシンプルなほど、アクションに説得力が乗る。1作目はそれが完璧だったんだ。4作目は動機が抽象化しすぎて、169分のアクションを支える「理由」が弱くなってしまった。

長かった……。パラベラムと合わせたら約5時間、さすがにキツイ。追われるより追う方がかっこいいし面白いと思うからストーリー自体あんまり好きになれなかった。

Filmarks 観客レビューより
ジョニー
ジョニー

わかる。パラベラムからの流れで観ると、正直お腹いっぱいになる。でもな、この「長い」という感覚こそがこの映画の本質を示しているんだ。なぜ169分になったのか——そこに答えがある。

② 上映時間の肥大化——101分から169分へ、失ったもの

上映時間の肥大化——101分から169分へ、失ったもの

シリーズの上映時間を並べると、肥大化の過程がよくわかる。

  • 1作目『ジョン・ウィック』:101分
  • 2作目『チャプター2』:122分
  • 3作目『パラベラム』:131分
  • 4作目『コンセクエンス』:169分

1作目から約70分も増えている。1作目はテンポが良く、無駄がなかった。101分の中にアクションとドラマが完璧なバランスで詰め込まれていた。「見せ場」と「静寂」の緩急があったからこそ、クライマックスが映えた。

4作目はどうか。169分のうちアクションが体感80%近くを占める。「凄い」と思っていた感覚が、後半には「まだやるのか」に変わっていく。これは観客がダメなんじゃなくて、人間の集中力の限界として当然の反応だ。アクションの「緩急」が消えた結果、感動ではなく疲弊が残る——これがコンセクエンスの構造的な問題だ。

マイ
マイ

169分……途中でお腹空いてきそう。1作目の「あっという間に終わった」って感覚が、4作目にはないんだね。

③ 日本描写がひどい——大阪コンチネンタルの「コレジャナイ感」

日本描写がひどい——大阪コンチネンタルの「コレジャナイ感」

日本人としてこれは言わせてほしい。大阪コンチネンタルホテルのシーン、あの「コレジャナイ感」は相当きつかった。

「命は食にあり」のネオンサインが光る大阪の街並み。だがどう見ても大阪じゃない。ネオンの漢字は意味不明な組み合わせだし、建物の構造も路地の雰囲気も、日本のどこにも存在しない「ハリウッドが想像した日本」だ。2023年にもなって、まだ「トンデモジャパン」をやるのかと。

真田広之が出演しているのに、この日本描写はちぐはぐすぎる。1〜3作目のニューヨーク、ローマ、モロッコは、ファンタジー混じりでも世界観が成立していた。なのに4作目の大阪だけが、露骨に「作り物」に見える。シリーズ全体を通しで観た人間ほど、この違和感に気づくはずだ。

ただ——フォローを一つ入れておくと、チャド・スタエルスキ監督は意図的に「現実の日本」を描いていない可能性がある。ジョンウィックの世界観は最初から「現実と地続きだけどファンタジーが混じった世界」として構築されている。大阪もその延長線上——と理屈ではわかる。でも日本人の感情は別だ。

マイ
マイ

真田広之がいるのに日本描写がおかしいって、余計モヤモヤするよね……。『SHOGUN 将軍』の後だと特に。

ジョニー
ジョニー

そうなんだよ。ただ、ジョンウィックの世界は最初から「リアルとファンタジーの中間」で設計されてる。大阪もその文法に従ってるだけ——と頭では理解できても、日本人の感情がついていかないのは仕方ない。

④ Mr.ノーバディの存在意義が謎——シリーズの文脈を無視した新キャラ

 Mr.ノーバディの存在意義が謎——シリーズの文脈を無視した新キャラ

シリーズ4作目にして突然現れた「Mr.ノーバディ」(シャミア・アンダーソン)。凄腕の殺し屋でもなく、ジョンの旧友でもない。にもかかわらず、ジョンと同格のようなポジションで物語に入り込んでくる。

正体も目的もぼんやりしたまま最後まで引っ張られる。犬を連れている設定も、2作目でジョンが犬と共に戦ったイメージと被る。過去作キャラの積み重ねを無視した唐突な登場に、シリーズファンほど違和感を覚えたはずだ。

さらに言えば、3作目の裁定人アナベル(アーシア・ケイト・ディロン)が本作ではまるで存在しなかったかのように消えている。あれだけ存在感を放っていたキャラが、理由の説明もなく退場。1〜3作目で丁寧に作られた世界観が、4作目で雑に扱われている印象がどうしても残る。

何者でもない人の出番の意味がわからない。特に凄腕の殺し屋でも、ジョンの友人でもないのに同格みたいなポジションで登場して、結局正体も金を稼いでた理由も何もわからない。犬使いも前作の女性と被っていて役割が謎。

Yahoo!知恵袋 投稿より
ジョニー
ジョニー

これ、シリーズファンが一番モヤモヤする部分だと思う。前作の裁定人も消えてるし、新キャラの必然性が薄い。ただ、Mr.ノーバディに込められた意図を読み解くと、ちょっと見え方が変わってくる。

⑤ パラベラムのラストを裏切った冒頭——前作ファンへの肩透かし

パラベラムのラストを裏切った冒頭——前作ファンへの肩透かし

3作目『パラベラム』のラストを覚えているだろうか。満身創痍のジョンが、バワリー・キング(ローレンス・フィッシュバーン)と手を組んで主席連合に反旗を翻す——あの熱い終わり方。「4作目でいよいよ全面戦争だ」と、誰もが期待した。

なのにコンセクエンスの冒頭で、その流れは驚くほどあっさり処理される。バワリー・キングとの共闘は形だけで、すぐに別行動。「え、あの引きは何だったんだ?」という肩透かし感がある。

シリーズを1作目から通しで観てきた人間ほど、このガッカリ感は大きい。前作のラストで心が滾った分だけ、4作目冒頭の処理の雑さが際立つ。「この映画は過去作を本当にリスペクトしているのか?」と疑問を持ってしまう構造だ。

ハイド
ハイド

前の映画であんな熱い終わり方しておいて、次の映画でスルー? それはさすがにひどくない?

ジョニー
ジョニー

鋭いこと言うな。そう、シリーズの連続性を期待する人にとっては確かに「ひどい」。ただ、この映画は「ジョンの物語を終わらせる」ことに全振りしたんだ。前作の伏線より、ジョンの結末を優先した——良くも悪くも、それがスタエルスキ監督の選択だった。

それでも「全作観て良かった」と思える理由——シリーズの到達点

ここまで「ひどい」と言われる理由を5つ挙げてきた。どれも正当な批判だと俺は思っている。

でも、ここからはフェアにもう片方の話をしよう。シリーズ全作を観た人間だからこそ言える——「それでも全作観て良かった」と思える瞬間が、コンセクエンスにはある。

マイ
マイ

さっきまで散々ダメ出ししてたのに、ここからは褒めるの?

ジョニー
ジョニー

両方言うのがフェアってもんだろう。「ひどい」だけで終わらせたら、この映画の本当の価値を見誤る。

4作通しで観て初めてわかるラストの重み

4作通しで観て初めてわかるラストの重み

1作目で妻を失い、犬を殺され、復讐の道に入り、戻れなくなった男。4作にわたって戦い続けてきたジョン・ウィックが、夜明けのサクレ・クール寺院の階段で迎える結末。あの朝日が象徴するのは、「自由」だ。

4作目単体で観ると、正直このラストの重みは半減する。「ストーリーが薄い映画の唐突なラスト」にしか見えないかもしれない。だが、1作目の暗闇——妻を失い、犬を失い、血塗れの夜を歩き続けた男の物語を知った上で、あの夜明けを観ると、全く別の感情が湧いてくる。

夜明けの演出は、1作目の「暗闇」への完璧な回答だった。これに気づけるのは、シリーズ全部を観た人間だけだ。

1作目から戦い続けてきた彼の物語が一旦終わりを迎えている印象。これまでの泥臭くて余裕のなさを前面に押し出したアクションが何とも唯一無二の味を出している映画シリーズだと思う。

Filmarks 観客レビューより
ジョニー
ジョニー

1作目から観てきた人間にとって、あのラストは特別な重さがある。「自由になれたのか」という問いへの答えは、観た人それぞれが感じるものだ。これが「ひどい」で終わらせてほしくない、この映画の一番の核心だと俺は思ってる。

真田広之とドニー・イェンという奇跡——日本人として誇れる瞬間

真田広之とドニー・イェンという奇跡——日本人として誇れる瞬間

日本描写の「コレジャナイ感」は先ほど書いた。だが、それとは別に、真田広之とドニー・イェンの存在はこの映画の財産だ。

真田広之が演じるシマヅ。大阪コンチネンタルの支配人であり、かつてジョンに恩がある男。立ち振る舞いから殺陣まで、「本物」の重みがある。ハリウッドのアクション映画で、日本の殺陣がこれだけ本気で使われた例はほとんどない。1〜3作目で積み上げたシリーズの格が、このキャスティングを実現した。

ドニー・イェンが演じる盲目の殺し屋ケイン。チャド・スタエルスキ監督はケインのモデルの一つとして座頭市を念頭に置いていたと明言している。杖を武器に戦う立ち回りは、アジア映画ファンにとってはたまらない演出だ。ハリウッドが日本やアジアの映画文化をリスペクトして使った、数少ない成功例だろう。

真田広之とドニー・イェンの殺陣からは、必殺の気迫が伝わってきた。スタエルスキ監督はケインのモデルのひとつとして座頭市を念頭に置いていたと明言している。確かにそんな感じ。

映画.com 観客レビューより
ジョニー
ジョニー

これは日本人として素直に誇らしかった。ドニー・イェンの盲目の殺し屋が座頭市オマージュってのが、わかる人にはたまらない。ハリウッドが日本の映画文化をリスペクトして使った、数少ない例だと思う。

アクションの進化の到達点——1作目から磨き続けた「ガンフー」の完成形

アクションの進化の到達点——1作目から磨き続けた「ガンフー」の完成形

コンセクエンスのアクションが「凄い」のは事実だ。それも「凄い」を通り越して「異常」のレベルに達している。

廃墟での俯瞰ショット。カメラが真上から見下ろす中、ジョンが部屋を移動しながら敵を次々に倒していく。ワンテイクで撮られた、CGでごまかせないリアルな身体の動きだけで構成されたアクション。1作目のガンフー(銃+カンフー)が、4作目でここまで進化した軌跡に鳥肌が立つ。

パリ・凱旋門のロータリーでのカーチェイス。実際に凱旋門周辺の交通を封鎖して撮影された、CG最小限のリアルアクション。そしてサクレ・クール寺院に至る222段の階段シーン。ジョンが階段を上っては突き落とされ、また上り直す——あの執念は映画史に残る名場面だと断言していい。キアヌ・リーブスが59歳の身体で、これをやっている。

廃屋での俯瞰ショットでジョンが部屋を移動しながら大勢の敵を次々に撃ち倒す演出、決闘場のサクレ・クール寺院に至る222段の階段での戦い——キアヌのアクションの相変わらずのキレの良さには驚嘆した。今月で59歳よ?

映画.com 観客レビューより
ジョニー
ジョニー

59歳でこれをやってる人間が他にいるか? 階段シーンは冗談抜きで映画史に残るアクションだと思う。あのシーンだけで観る価値がある、と俺は本気で思ってる。

よくある質問(FAQ)

ジョンウィックよくある質問(FAQ)

ハイド
ハイド

ここからはみんなが気になってそうな質問をまとめたぞ!

1作目から全部観ないとコンセクエンスは楽しめない?
正直に言えば、1作目だけでも観ておくべきだ。ジョンがなぜ戦っているのか、何を失ったのかがわからないと、コンセクエンスのラストが持つ重みが半減する。アクションだけ楽しむなら4作目単体でもいけるが、「物語」として受け取りたいなら1作目からの視聴を強く推奨する。
シリーズで一番面白いのはどれ?
俺の答えは1作目だ。101分に全部が詰まっている。テンポ、動機の明確さ、アクションの緩急——どれをとっても隙がない。ただし「アクションの極致」を求めるなら4作目。方向性が全く違う2本なので、求めるものによって答えは変わる。
169分は本当に長い?
長い。体感としても長い。スタエルスキ監督は当初3時間45分の初期カットがあったと語っている。つまり、これでもかなり削った結果が169分だ。劇場で観ると特にキツいが、自宅で休憩を挟みながら観ると印象が変わるという声も多い。
ジョンは最後死んだのか?
墓石が映るラストからは「死んだ」と解釈するのが自然だ。ただし、スタエルスキ監督は明確に断言していない。シリーズのルールとして「死体が映らない限り死んでいない」というお約束がある。スピンオフ企画も進行中で、ジョンの再登場の可能性はゼロではない。
全シリーズどこで観られる?
ジョンウィック全シリーズはU-NEXTで配信中だ。31日間の無料トライアルがあるので、1作目から一気に観直すにはちょうどいい。コンセクエンスだけ観て「ひどい」と感じた人は、1作目から通しで観ると印象がガラッと変わるかもしれない。
日本描写がひどいと聞いたけど、実際どうなの?
日本人として観ると確かに「コレジャナイ感」はある。大阪の街並みは現実の大阪とはかけ離れているし、漢字の使い方もおかしい。ただし、ジョンウィックの世界はもともとファンタジー寄りの設定なので、「現実の日本を描く気がなかった」というのが正確な見方だろう。真田広之のアクションは本物なので、そこは安心してほしい。

まとめ——全4作観た俺が出す結論

シリーズ全作+スピンオフまで観た俺が出す結論

シリーズ全作+スピンオフまで観た俺が出す結論は、こうだ。

  • 1作目単体:傑作。101分に全部詰まっている
  • 4作目単体:アクションの教科書。だがストーリーは薄い
  • 1〜4作通し:ジョンの物語として観ると、全く別の映画になる

「ひどい」と感じたあなたの感覚は、間違っていない。169分は長い。動機は弱い。日本描写はおかしい。新キャラの必然性は薄い。前作の積み重ねは雑に扱われている。全部、事実だ。

でも同時に、アクションの完成度は映画史上最高レベルだし、真田広之とドニー・イェンのキャスティングは奇跡だし、ジョンの物語の終わり方には確かに重みがある。これも事実だ。

もしまだモヤモヤが残っているなら、1作目から観直してみてほしい。101分のシンプルな復讐劇から始めて、ジョンが歩んできた道を追体験すると、コンセクエンスのラストが持つ意味が変わってくる。ジョンウィック全シリーズはU-NEXTで配信されている。31日間の無料トライアルもあるから、週末にシリーズ一気見してみるのも悪くないだろう。

ジョニー
ジョニー

「ひどい」で検索して、ここまで読んでくれたこと自体が、あなたがこの映画を真剣に受け止めた証拠だ。つまらない映画なら、検索すらしない。モヤモヤするのは、心のどこかで「凄い」と感じた部分があるからだろう。全作通しで観直して、もう一度あの夜明けのシーンを見届けてくれ。

この記事を書いた人
映画大好きジョニーくん 管理人

中学2年から2年間不登校。内申点ゼロで高校進学できず1年浪人。不登校中にTSUTAYAで借りた映画に救われ、年間900本の映画・アニメ・ドラマを鑑賞するようになった。37歳既婚フリーランス。全記事を自分の目で観た上で、本音だけで書いている。

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